LINE

【需要なくても語ります】道徳哲学〜誠実と自己犠牲〜

【需要なくても語ります】道徳哲学〜誠実と自己犠牲〜

今日は、道徳の話題です^^

道徳は、LINEとは一見関係ないようですが
「考える力」「物事の本質を見抜く力」
楽しみながら鍛えられるので、
オススメです^^


今日は、「誠実と自己犠牲」について
考えてみましょう^^

まずは、今日の題材。
「手品師」という数十年前からある
定番教材と言われるものです^^

子どもの頃に、道徳の授業で
見たことがある人もいるかもしれませんね^^

========

手品師(日本文教出版)

売れない手品師がいました。

ある日、手品師が街でストリートで
手品を披露していると、男の子に出会った。

男の子は、お父さんが死んでお母さんが仕事でひとりぼっち。
手品師は元気を出してほしいと、男の子の前で手品を披露します。
男の子には笑顔が戻り、「明日も来る」と約束をした。

その日の夜、手品師は知り合いから電話をで
「大きなステージに明日出ないか?」と誘われます。

手品師は迷いました。

しかし、手品師はその誘いを断りました。
次の日、手品師は町の片隅でたった一人のお客さんの前で手品を披露しました。

========

朗読Ver.

(引用:光村図書)

あなたはこの話を読んで
どう思いましたか?



🤔手品師は、もったいないことをしたなあ….
🤔男の子を、ステージに招待すれば、一挙解決では?
🤔手品師は、約束を守って偉い!

様々な感情が出てくることでしょう^^

「手品師」は、いい話ですよね^^
でも、読みが浅いと、
この話のよさをわからないまま
思考をしてしまいます。

行動に注目してしまうのではなく
に注目してみましょう。

手品師は結局、大舞台に行くことを選びませんでした。 
現実的に同じような状況があれば、
どちらを選ぶでしょうか。

大舞台のように目先にチャンスがあるなら、
チャンスの方を選ぶことも
当然ですが間違いではありません。

夢を掴むチャンスは逃していないのですから。

でも、男の子の方を選ぶといい話になるので
『自己犠牲』を推奨する
という結論に向かってしまいます。

果たして、
この世の中で、自己犠牲だけで
充実した人生を送れるでしょうか。


確かに、
自分の時間を他人のために
使うことは大切なことです。


ボランティアに象徴されるように、
善意で成り立つ行為もあります。

しかし、手品師は境遇が違います。

自分の人生、キャリアのために
プライベートな約束を優先させることは、
いつもどんなときでも、正解とは言えません。

「自己犠牲」をすることがすばらしい、
だから手品師のように自分の夢は時には諦めないといけない。

こんなお花畑のような結論だと、
道徳は全く面白くありません。

このようなまとめをするから、
「道徳は偽善の教科だ」
「道徳はつまらない」と言われるのです。

それは浅い読みをしていることが理由です。

違う視点から考えて、
別の読みをすることで、違った見方をすることが大切です。

また、「手品師はどうすればよかったのか」を
考えることも、あまりよい方向ではないです。

これは「行動」に焦点を絞った発問です。
道徳は、「行為・行動」ではなく
「行為・行動を生む心」を考える教科であり
考える時間です。

教材には書かれていない手品師の行動を考えることで、
手品師の正しい行いを探っていく活動は、意味がありません。

例えば、答えとして次のようなものがあげられます。

・男の子を大舞台に連れてくれば一石二鳥。
・男の子に、一日ずらしてほしいと頼んで、大舞台の次の日に手品を見せる。
・売れっ子手品師になって、男の子にはまたいつかもっと立派な手品を見せる。

これらは教材には書かれていないので、
「考えた感」はある意見です。

しかし、手品師の行動の代替案を考えて、
その先には何が待っているのでしょうか。

「手品師」のあるべき行動を考えることは、
「正解探し」にも似ています。

男の子の方を選んでも、
大舞台の方を選んでもダメなら、
もっといい行動を探そう。

それは、「正解の行動」を追求しているようなものです。

結局、正しい行動以外はしてはいけない、
という考えから抜け出せていないのです。

道徳には正解がない、と言われるんですが
代替案を考えることは正解探しと同じことです。


でも、この広い世の中、
「絶対正解」な行動ってないですよね。

電車でお年寄りに席を譲ることはいい行動ですが
「まだ自分は若い」と思っている年輩の方に
席を譲ったら、失礼なことをしている可能性がありますよね。


正解の行動を探すと、窮屈になります。
自分の価値観と、
周囲の状況を総合的に判断して
行動を決めていくことが大事です^^


では、思考の方向は、どうすればよいのか。

ズバリ、手品師の心の動きに注目することです。

手品師の心は、話を通してずっと動いています。

手品師はなぜ、心が動いたのか、動かなかったらどう感じるのか。

それを考えていくことが、大切です。

考えてみてください。
大舞台に誘われた時、
手品師は行くかどうか迷いました。

なぜ迷ったのでしょうか?

夢だった大舞台に出られることと、
男の子とした約束のこと、
どちらも手品師にとって同じくらい重いことだから、
悩んだということですよね。

では、大舞台に誘われて
「迷わずに男の子の方を選んだ」らどうでしょうか。

大舞台の未練がなくて
誠実な行動ですが、
果たしてそれは
「自分の心に正直」と言えるでしょうか。

逆に、迷った末に大舞台を選んだら?
迷わずに大舞台を選んだら?

いろいろ言いましたが、整理します^^

①迷って男の子との約束を選ぶ。
②迷わずに男の子との約束を選ぶ。
③迷って大舞台を選ぶ。
④迷わずに大舞台を選ぶ。

一番誠実に感じるのはどれでしょうか?
またそれはなぜでしょうか?

迷わないということは、即決ということです。
男の子の方を即決するということは、
大舞台を軽視していたのでしょうか。

それとも誘ってくれた友達のことを
軽視していたのでしょうか。

また、即決して大舞台を選んだら、
男の子との約束をないがしろにする、
誠実とはほど遠い手品師の姿が見えてきます。

上の①〜④で、『誠実ランキング』をつけてると、どれが一番になるでしょうか。

考えてみたいですね^^


あなたは、自己犠牲をして
男の子に対して誠実に向き合った
手品師の話から、
どんなことを感じましたか?

ぜひ考えを教えて下さい^^


それでは、いつものように
発問でさらに思考を深めてみましょう^^


ーーーーーー
Q1:手品師は、1日目と2日目の男の子の前で手品をしている気持ちは、同じだろうか、
がうだろうか。

ーーーーーー
初日、男の子と出会って手品をしたときと、
大舞台を断って、男の子の前で手品をしたとき、
気持ちは同じでしょうか?
また、それはなぜですか?

ーーーーーー
Q2:舞台の方を選んだら、手品師は悪い人だったのだろうか。
ーーーーーー
男の子を裏切ることには変わりないんですが、
舞台を選んだら「悪い」ことをしているのか。
そして、それは誰にとって悪いことなのか。
どう思いますか?

ーーーーーー
Q3:この手品師は、プロの手品師と呼べるだろうか
ーーーーーー
「プロ」の定義を考えるいい機会ですね^^
どんなときでも依頼は断らないのがプロなのか、
どんなときでも仕事を全うするのがプロなのか。
「プロ」の仕事について考えてみたいですね^^

今日はここまでです^^

LINEを無料で初めるなら「エルメッセージ」

👇クリック👇