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【需要なくても語ります】道徳哲学〜友情と建前と本音〜

【需要なくても語ります】道徳哲学〜友情と建前と本音〜

今日は、道徳の話題です^^

道徳は、非常に味の濃い内容で
ギトギト油料理みたいなものなので
2〜3週間に1回ぐらいがいいですね笑

二郎系ラーメン的な感じでしょうか^^

(引用:西日本新聞)

毎日だと、体悪くします笑

ということで、
今日も道徳についてお話します^^

今日は
友情と建前と本音
です^^

今日の教材は「二わのことり」です^^

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みそさざい(鳥の種類)は、
やまがらの家とうぐいすの家、
両方に誘われていました。

やまがらの家では誕生日のお祝い。
うぐいすの家では音楽会の練習があります。

やまがらの家は山奥のさびしいところにあります。
うぐいすの家は近くの明るいところにあります。

みんな、うぐいすの家に行きました。

みそさざいはどちらに行くか迷いましたが、
うぐいすの家に行きました。
しかし、うぐいすの家にいても全然楽しくありません。

みそさざいは途中でうぐいすの家を抜け出し、
やまがらの家へ行きました。

やまがらはうれしそうで、目にはうっすらと涙が見えました。
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なんとも小学生の道徳っぽい
話ですよね^^

でも、子どもの話だからと侮るなかれ^^

本質がぎゅっと詰まった
考える余地の多い教材です^^

以前もお伝えしましたが

道徳は「行為」ではなく「行為を生む心」を

考える教科です^^

「みんなでやまがらの家に行って、歌の練習もすればいい。」
「やまがらがうぐいすの家に来ればいい。」
といった行動を考えるのは
あまり意味がないんです^^


なぜか。
それは、「方法論」に終止してしまい
「○○の時は●●すればいい」と、
行動パターンを自分の中で決めてしまうからです。

みそさざい(引用:wikipedia)

例えば、登山を思い浮かべてください。

「熊に遭遇したら死んだふりをすればいい」という通説があります。
実際に熊に遭遇したら、逃げられる道もあるし、
助けを呼ぶスマホももっているし、
隠れる場所もあるのに、
「死んだふりをすればいい」という方法しか知らなかったら、
目の前で倒れて死んだふりをするしかありません。

そんな命知らずなこと、あなたは本当にしますか?
しませんよね。

その場の状況を
総合的に判断して
最適な行動を生むはずです。

その時の本質は
「命を守ること」です。

そのためなら、方法はなんでもいいんです。

方法論は、道徳で語ることは全く無意味です。
顔で笑って心で泣く、なんてことはよくあります。
笑顔で人を騙す詐欺師もいます。

みそさざいや他の小鳥の正しい行動を探すことは
しないように思考しましょう^^

やまがら(引用:wilipedia)

友情とよく似た言葉に
「信頼」があります^^

広辞苑で意味を調べると、

友情・・・友達の間の情愛
信頼・・・信じて頼りにすること

とあります。

例えば、
道を歩いている人に、いきなり住所などの
個人情報を伝えることはできませんよね。

ほとんどの人が「できない」でしょう。

「なぜ教えないといけないの?」
「どこにばらされるか分からない。」
「そもそも、だれ?」

なぜできないかというと、
「信頼」という基礎が、人間関係の中にできていないからです。

つまり、友情がないと、
信頼ができないので、

信頼

友情

の順に積み重なっているんですね^^

では「友情」とは何でしょう。

広辞苑の意味の通り、

「友達との情愛」略して「友情」なのです。

では、情愛とはなんでしょうか。

再び広辞苑で調べると、

情愛・・・情け、いつくしみ、愛情

とあります。

・友達が困っているから助る
・友達の気持ちに共感する
・友達に対して好感をもつ

これらのことを数十回、数百回くり返して、
「友情」と呼べる関係ができあがるんです。

その過程の中では、自己開示が必ず必要です。

自分のことをさらけ出したり、
本音を言い合ったりして、関係が深まっていくのです。

そうしてできた「友情」があるから、
初めて次の「信頼」が成り立つのです。


「二わのことり」は、
『友情』に重きを置いている教材です。

情愛の意味で、「同情、いつくしみ」とありました。
友達に対して、少なからず同情の念はあるということです。

みそさざいは、うぐいすの家にいる時、
どこか楽しくなくて落ち着きませんでした。

心に何か大事なものが欠けている状態だったのです。

みそさざいの心に欠けているものとはなんだったのでしょうか。

・やまがらがいないさみしさ
・やまがらの家に行かなかった自分への後悔
・やまがらの家に行こうか迷う

みそさざいの心について考えてみたいですね^^

友情で大切なことは、
相手意識です。

相手は今、どんな思いをしているのか、
自分の行動でどんな思いになるのか。

相手の気持ちを想像できることが、
真の友情に大切な要素なのです。

また、教材をさらっと読んでしまうと、
「さみしい思いをしている友達を見つけて仲よくしよう」という
結論になってしまいますが、果たして本当にそれでいいのでしょうか?

みそさざいは、やまがらの家に行くために、
うぐいすの家を途中で抜け出しています。

それは、うぐいすに対する裏切りの行為であり、
後日うぐいすから「どうしたの?」と聞かれるかもしれません。

それが原因で、うぐいすとの友情が壊れるかもしれません。

また、やまがらは、みそさざいが来てくれてうれしかったのは当然でしょうが、
「みんなに」招待状を出していたのですから、
みんなが来る前提でごちそうを用意したり、飾り付けをしてくれていたはずです。

でも、来たのは遅れてみそさざいが1人だけ。

「誰も来ないよりマシだった」と感じている可能性はないでしょうか?
本音なのか建前なのか、
考えてみたいですね^^

また、やまがらはみそさざいが来てくれてうれしいですが、
「他の鳥たちはどうしたんだろう。」という
悲しい思いは残っているのではないでしょうか。

これらは、懐疑的な見方ではありますが、
教材の裏側まで推測すると、考えられることです。

そして、教材に書かれていない前後や裏側までを考えることが、
実生活でも生きるほどの
深くて細かいポイントなのです。

ね!
これは小学校1年生の教材ですが
多くの観点がありますよね。

あなたは、この話に出てくる友情について
どう思いますか?

わたしの伝えたような
裏側なんてなくて
みんな純粋に目の前の状況を
喜んで楽しんでいるのかもしれません。

でも、
みんな本音でしょうか?
建前で社交辞令を言っていないでしょうか?

「〜かもしれない」

と思考の中に可能性をもたせることが
思考の幅を広げます^^


では、さらに思考を深めるために
いつものように発問に答えてみてください^^

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Q1:やまがらは、みんなを誘っているのだから、みそさざい1人だけきても嬉しくないのはないか。
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そもそも、いい話にごまかされていますが、
みんなを誘っているんです。
でも、みそさざいしかこなかった。
結果的には、嬉しさは半減しているのではないでしょうか?

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Q2:みそさざいは、うぐいすにもやまがらにも失礼なことをしているのではないか。
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結局、八方美人で、
どちらにもいい顔をしているみそさざいで
どちらからもいい印象はないのではないでしょうか?

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Q3:この話で、「いい気持ち」になっているのは誰だろう。
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「いい気持ち」というあえてざっくりした基準で聞きます^^

あなたはどう思いますか?

ぜひ、あなたの考えを教えてください^^

深い思考で、考える力を伸ばしましょう〜^^

二郎系ラーメンを食べるときのように
烏龍茶を飲みながら笑

今日はここまでです^^

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