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【需要なくても語ります】道徳哲学〜個性とはつくるもの?〜

【需要なくても語ります】道徳哲学〜個性とはつくるもの?〜

今日は久しぶりに
道徳がテーマです^^

先日、みなたろーさんが
お子さんの参観日で「道徳」の授業を見たと
コメントで教えてくださいました^^


そのときの教材が
「つくればいいでしょ」です。

あらすじはこんな感じです↓

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「つくればいいでしょ」(日本文教出版)

「わたし」は4年生になって自分の長所と短所について考えていた。
短所は「むずかしいと思うとすぐあきらめるところ」など、
いろいろ見つかりましたが、長所は全く見つかりませんでした。

友達のさと子さんが「いつも明るいところ。」と
わたしに言ってくれたのでうれしくなりましたが、
それで満足する気持ちにはなれません。

先生は
「友達の意見を聞いたり、
おうちの人と話したりしながら
自分らしさに気づきましょう。」と言った。

お母さんに話をすると
「見つからなければ、つくればいいでしょ。」と言いました。

わたしが悩んでいると愛子さんが
「5年生になったら学校対抗の駅伝大会に出場できるように、
わたしといっしょに長距離を練習しない?」と声をかけてきた。

いっしょに練習をしていると、愛子さんが教えてくれた。

・愛子さんはお父さんと練習を一緒に始めたこと。
・初めは苦しいけれど、続けているとタイムがよくなって、うれしくなること。

愛子さんとの練習は3ヶ月以上続きました。
最初は苦しくて何度もやめたいと思いましたが、
自分の短所の「すぐあきらめる性格を変えられない」と思って、
やめずにがんばりました。

自分は長距離に向いているかも知れないなと、
少し自信も出てきました。

お母さんが「つくればいいでしょ。」と言っていたことも、
わかってきたように思います。

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このお話から
「個性」について考えてみましょう^^

「とくちょう」という言葉があります。

「とくちょう」には2つの漢字があって
「特徴」と「特長」と書きます。

この2つには、明確な違いがあるんです。

特徴・・・他と比べて特に目立ったり、他との区別に役立ったりする点。
特長・・・すぐれた(=長)特徴。


つまり、
特長は長所に特化しているのに対して、
特徴は長所も短所も含んでいるということです。


また、
①特長は誰でももっている。
②特長は自分では気付きにくい。

この2点も、個性を考える上で
大切なポイントとなります。

自分の長所って、なかなか気付かないものです。
むしろ「わたし」のように、短所にばかり目がいくものです。

「長所は?」と聞かれると
なかなか自信をもっていえないですが
「短所は?」と聞かれると
いくつも出てきませんか?

人って、そんなものなのです^^;

では、「わたし」は、
自分の長所が「長距離」かもしれないと、
なぜ気付けたのでしょうか。


それは、友達の愛子さんが、
自分の長所に気づくきっかけをくれたからです。
また、先生が
「友達やおうちの人と話して自分らしさに気づきましょう。」と
言ったからです。

長所とは、人と比べて秀でている必要はありません。

自分が好きで、時間を忘れて没頭できるもの。
苦労なく続けることができているもの。

そういったものが、長所と呼べるんです。

そう考えると、実は人はみんな、
長所をもうすでにたくさん持っていそうですね。

つい、「今している仕事」や
「これまでしてきたこと」
「結果が出たこと」などと、
それに付随する「技術」で考えてしまいますが、
それだけではありません。

「気遣い」「努力」「積極的」など、
内面も立派な長所です。

それに気付くのは、
自分自身ではなく人からの指摘が大きいんです。

奥ゆかしさは日本人の美学でもあるので
なかなか自分のよさを胸を張って言える人は少ないです。

自分で言うのも気が引けるし、
そもそも気付いていないから、
小学校では、「いいところ見つけ」などの活動で、
互いの長所を認めあう活動がよく設定されるんです。

「わたし」は長距離という
これまで挑戦したことのないものが
長所であることに気づきました。

これってすごいことですよね^^

なにがすごいかって、
「すでにあるもの」「経験していること」だけでなく、
「これから挑戦するもの」も十分長所になるということです。

つまり、
今自分は「なにもいいところがない」と思っていても、
「これからずっと長所のない人間だ」と
いうこととイコールではないということです。


これらのことから、長所については
こんなことが言えます^^

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①特長はだれでももっている。
②特長は自分では気づきにくい。
③特長はこれから手に入れられる。
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人と関わることで、自分の長所を見つけていきたいですね^^



では、この「つくればいいでしょ」についての
次の質問に、あなたはなんと答えますか?

小学生も大人も真剣に考える「発問」です^^

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Q1:もし愛子さんが長距離が得意でなかったら、「わたし」を誘っただろうか。
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自分が得意だから「わたし」を誘う余裕があったんですよね。
それならば、愛子さんが長距離が苦手だったら
「わたし」を誘ったでしょうか?
もし誘ったとしたなら、声をかけたときの気持ちは、
同じでしょうか、違うでしょうか?

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Q2:さと子さんの教えてくれた「いつも明るいところ」という長所に、
なぜ「わたし」は満足しなかったのだろう。
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さと子さんより、愛子さんの言う事を聞く、
「わたし」は人によって態度を変える子ということでしょうか?
それとも、さと子さんの指摘は
自分の中で受け入れられなかった理由があるのでしょうか?

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Q3:「わたし」の「すぐあきらめる」は、
「無理をせずにすぐに気持ちを切り替える」という長所とは言えないか。
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「なにかができる」こと以外も長所なんだから
「あきらめる」ことも長所として捉えることは、
だめなことでしょうか?


わたしが実際に小学校教師時代に
子どもたちに聞いた発問ばかりです^^

ぜひ大人のあなたも考えてみましょう^^


ここが、わたしの道徳の好きなところなんです^^

「子どもの授業なんて楽勝」と思っている大人も
子どもと同じぐらい頭を抱える発問で、
フラットな立場で「心」について考えられるんです^^


なかなか一口には言えないですし
言語化は難しいかもしれませんが
ぜひ思考し続けて、コメントしてみてくださいね^^


今日はここまでです^^

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