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需要ゼロでも語ります!道徳哲学『本当の努力』とは

なんと、まさかの2日連続、
道徳哲学についての話題です^^

道徳哲学で、今まで考えたことのない
知っている言葉の概念について
考えていきましょう^^

今日は「努力」です。

「努力」とは、
あなたの中でどんな定義ですか?

教えてください^^

チッチッチッ⏰

チッチッチッ⏰

チッチッチッ⏰

チッチッチッ⏰

チッチッチッ⏰

チッチッチッ⏰

チッチッチッ⏰

チーン!

私なりの「努力」について、
解釈をお話しますね^^

努力をしている時はたいてい、
目標に向かって頑張っていること
を指すはずです。

時々、「あの人は努力家だ」
なんて表現することがあります。

では、仮にその人(Aさん)が
努力家だったとしましょう。

Aさんは、いつの時点で
「努力家」と呼ばれるようになったのでしょうか。

1分頑張ったら努力家?
1日頑張ったら努力家?
1週間?
1ヶ月?
1年?
永久に…..?

「いやいや、1年は最低続けないと、
 努力したとは言えないでしょ。」
と思う人もいるでしょう。

努力の内容によるので、
一概には言えませんが、
共通しているのは、

『短い期間だけ頑張っても、
 それは「努力」をしているとは言えない』
ということ。

「期間」を軸にして
判断することはできますよね^^

「今日、めっちゃ仕事頑張ったから私は努力家〜!」
なんて表現すると
ちょっと無理があって、
違和感がありますもんね^^

努力とは、長い期間頑張ることを指します。

では、努力が「長期間頑張ること」だと
仮に決めて話を進めます。

では、その長い期間、気持ちが折れることなく、
頑張り続けることができたのはなぜでしょうか。

なぜ、努力を長期間続けられるのか。
なぜ、短期間で終わらなかったのか。

そこには理由があるはずです。

それは……

目標

です。

自分が
「目標を絶対に達成するぞ」
「◯◯したい!」
と強く思っていたからでしょう。

もっと言うと、強く思い続けたからでしょう。

そうなんです。

努力とは、「強い意志」によって
支えられるものなのです。

ということは、
努力には「目標」が必要で、
その目標に向かう努力を支える
「強い意志」が必要ということになりますよね^^

強い意志のない努力は、
長期間は続かないし
長期間続かない努力は、
本当の努力とは呼べないのでしょうか。

では、こんな場合はどうでしょうか。

『親に「絶対に東大に行け」と言われたから、
 中学1年生の頃から、
 毎日遅くまで受験勉強をしている高校生』

この場合は、この高校生は「努力している」と呼べるでしょうか?

中学1年生の頃から、
東大を目指していて、
長期間努力しています。

これは、前述した努力の定義に当てはまりますよね。

でも、本人はどう思っているかわかりません。

本当は東大には行きたい気持ちがなく、
京大に行きたいのかもしれません。

そうなると、「東大に行く」という目標は
自発的な目標ではなく
親から決められた外発的な目標になります。

ということは、この高校生は
「強い意志」はない、ということになるのではないでしょうか。

人から決められた目標でも
「強い意志」はあるかもしれませんが

自分で決めた目標と
人から決められた目標、
熱がこもるのは、
当然「自分で決めた目標」ですよね^^

ということは、
やはり努力には
「自分が納得している目標」が必要で
それを支える「強い意志」も必要、
ということになります。

自分で「今日はよく頑張った!」と
自己肯定感を高めるために
自分で自分を褒めることは
よくあることです^^

それを否定しているのではなく、
あくまでも「本当の努力」を
定義する上で考えみると、
このようになるんですね^^

・努力は、長期間(人による)取り組むこと
・長期間取り組むには、自分が納得する目標が必要
・目標に向かう強い意志がある

なんだか、書いていて
私は腹落ちしましたが
あなたはどうですか?

本当の努力、しているかな?
と見返して、自分の行動を改めていきたいですね^^

今日はここまでです^^

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