「アドラー心理学」のアドラーは、
こんな言葉を残しています。
「重要なことは、人が何をもって生まれたかではなく、
与えられたものをどう使いこなすかである」
アドラー自身、骨が軟化する難病を患っており、
足の骨が変形したり、身長が伸びにくかったそうです。
でも、アドラーは、思い通りに動かない体を抱えながらも
医学の道に進む、アドラー心理学も築きました。
「いまのわたしの環境はよくないから、
わたしはチャンスがない…」
そう思ったこと、ありませんか?
たしかに、環境は大きな影響を及ぼします。
でも、
人生の行き先を最終的に決める「決定打」は、
あなた自身の選択と行動です。
どんな環境に置かれようと、
「自分の進む方向性は自分で決めることができる」
「建設的な道を選べる」んです^^
今のあなたは、自分の環境に満足していますか?
職場、家庭、住居など、
身の回りの環境をすぐに変えることは
なかなか難しいでしょう。
時には「自分は恵まれていない」と思うかもしれません。
でも、
◯◯だから、必ず✕✕になる
◯◯する=✕✕になる
という因果関係は成立しません。
どんなに劣悪な環境に置かれても、
大きな事故にあうなど
不幸な状況が訪れても、
大事なことは
「できるだけ建設的な方向に進もう」と
心に芯を持つことです。
そうは言っても、
劣悪な環境だったり、不運な状況では
「健全に考えよう」と前向きになれないかもしれません。
でもそんな中でも、
「自分の進む方向性は自分で決めることができる」
「建設的な道を選べる」
と思い出しましょう^^
環境は決定打ではないんですから^^
環境は決定打ではないことを示す
歴史上の話があります。
第二次世界大戦下、精神科医ヴィクトール・E・フランクルは
アウシュビッツを含む四つの強制収容所を転々としながら生き延びました。
アウシュビッツ収容所は、ドイツ人によって設置され、
約100万人のユダヤ人が虐殺された場所です。
飢餓・暴力・絶望という極限状況の中で、
フランクルが繰り返し自分に言い聞かせたのは
「刺激と反応のあいだには、態度を選ぶ“最後の自由”が残されている」
という言葉でした。
毎朝の点呼列に並びながら、
フランクルは想像の中で愛する妻と再会し
語り合う場面を詳細に思い描いて、
自分の世界を守り抜きます。
仲間の囚人が衰弱していく姿を眼の前にして、
「苦悩そのものより、
それにどんな意味を与えるかが生死を分ける」と観察しました。
自身を含む数少ない生存者に共通するのは
「希望」を「感情」ではなく「態度」として
選び続けたことを挙げました。
フランクルは後に、
著書『夜と霧』でこう言い残しています。
「われわれは何ものも奪えない状況に置かれて初めて、
自分のあり方を選ぶ自由が最後まで残されることを知った。」
つまり、環境が奪えるのは
身体的自由や物理的リソースであって、
意味づけと行動の選択権までは奪えない
これこそ、成長マインドの原点です^^
現代の日常は、アウシュビッツ収容所ほど過酷ではないです。
でも、
時間の制約や周囲の評価といった
「小さな逆境」を見つけたら
主体的に意味づけを選ぶ練習の場にできます。
フランクルが示した「最後の自由」は、
環境に左右されない生き方は
本当に実現できる、ということです^^
環境を変えられれば一番いいのですが
なかなか難しい。
ならば、
今の環境でなにができるのかを
自問自答してみましょう^^
だって、
「自分の進む方向性は自分で決めることができる」んですから
どんな環境でも、
あなたは主体的に選択できます^^
自分の人生の主導権は
自分で握り続けましょう^^
今日はここまでです☺️✨️
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